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【要約】多様性の科学

最近、あらゆる場所で「ダイバーシティ(多様性)」という言葉を聞きます。
肌の色、性別、嗜好、出身地、価値観などで人間性を決めつけず、多様な人々を受け入れて、お互い理解し合おうという意味で使われる言葉です。

多様性と聞けば、上記のような人権や差別などを無くしていく活動をイメージする人も多いのではないでしょうか?
実はこの多様性、組織論としても非常に重要な役割を担っています。

思考の多様性、組織のメンバーの多様性が業績やプロジェクトの成功、イノベーションに大きく影響することを説明したのが、書籍『多様性の科学』です。

今回は、書籍『多様性の科学』の要約をします。

結論

本書の結論です。

多様性のない組織は思考が偏ってしまい大失敗に繋がる

優秀な人間が何人集まったとしても、そこに多様性がなければ難易度の高い課題を全てカバーし、解決するには限界がある。
しかし、様々な考え方を持つ人間が集まれば、広範囲で複雑な問題をカバーできる集合知が得られる。その結果、誤った思考・偏った思考による失敗を防げる。

図で表すとイメージしやすいと思います。
1人の人間の知識や経験でカバーできる範囲を円、その課題やプロジェクトに必要な知識を長方形で表しています。円の大きさは個人の能力や知識の大きさを表します。

左の図のように、知識・思考・価値観において多様性のある組織は課題に必要な知識を網羅し、盲点も少ないため良い組織と言えます。これに対し、右上の図は個人の能力が高いメンバーが多いですが、多様性がないため偏った思考に陥り、思わぬ失敗に直面する可能性が高い組織と言えます。
また、右下の図のように多様性があったとしても課題に対して適切なメンバーを選べていない組織は悪い組織となってしまいます。

多様性のある組織を作れば全て問題解決なのですが、人間は意識せず、ごく自然に多様性のない組織を作り上げてしまいます

なぜ、多様性のない組織を作ってしまうのか

なぜ、多様性のない組織を作ってしまうのか?
キーワードは以下の3つです。

多様性のない組織を作ってしまう理由

・画一化した組織
・ヒエラルキー
・エコーチェンバー現象

画一化した組織

最初の結論でも述べたように、同じバックグラウンドや類似性を持ったメンバーが集まった組織は、個人がどれだけ優秀でもカバーできない範囲が生じてしまいます。

それならば、多様性のあるメンバーを選べばいい、と思うかもしれませんが、人間は基本的に同じ思考、思想、生い立ちの人間に親近感を感じます。組織の採用担当もまた人間であるため自分達と似た人間を採用していきます。その結果、意図せず自然と画一化した組織が出来上がるのです。
類は友を呼ぶという状態が続いていくわけです。

ヒエラルキー

支配的なリーダーが存在するヒエラルキー(階級性)は多様性を阻害します。

支配型リーダーがいる組織のメンバーはリーダーの意見に無条件に賛同するようになり、その結果、多様性が失われます。

実際の社会でのデータから支配型組織では、
「メンバーからの意見は懲罰の対象となる」「新たなアイデアや疑問を頻繁に発言する社員は昇給率や昇進率は大幅に低い」ということも分かっています。

元々、揉め事が面倒なので上に合わせる人もいますし、自分が損するのは分かっているので上に合わせる人もいるので、支配型リーダーがいる組織は上図のようにメンバーの多様性がどうあれ、結果として多様性のない組織と似た状態になってしまいます。

ここで問題なのが、そこまで複雑ではないタスクを淡々とこなすには支配型リーダーのいる組織の方が適しているということです。大きな失敗をするまでは、組織が機能しているかのように見えてしまうのも、この支配型リーダーがいる組織の大きな問題点です。

参考に支配型リーダーの対になるのが、尊敬型リーダーです。
尊敬型リーダーは、抑圧的なマネジメントは取らずに技能や人間性などで周りから慕われているリーダーです。

最近よくビジネス書で見かける「心理的安全性」を確保できるのも、その尊敬型リーダーの組織です。Googleが実施した調査では、心理的安全性はチームのパフォーマンスを左右する要素の中で飛び抜けて重要な要素であるという結果を得ています。

エコーチェンバー現象

エコーチェンバー現象(echo chamber)とは、閉鎖的空間内でのコミュニケーションが繰り返されることにより、特定の信念が増幅または強化されてしまう状況の比喩。

画一化した組織、支配型リーダーがいる組織は、多様性がなくなり、閉鎖的空間となり、中の人たちは自分たちに都合がいい情報や信念のみを増幅させていきます。
元来人間は肯定されることが好きなため、自分達の案がどれだけ素晴らしいかを讃えあうような空気が生まれてきます。
結果、自分たちの組織の異常性に気づかなくなってしまいます。

これまでどのような失敗が起きたのか?

多様性のない組織が過去に起こした大失敗の例を数件、ここで紹介します。

CIA vs アルカイダ

2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件が舞台です。

CIAといえば、アメリカでも超エリート集団であると言えます。しかし当時のメンバーの9割以上はWASPである偏った組織になっていました。
※WASP(White Anglo-Saxon Protestant):アングロ・サクソン系プロテスタントの白人

WASPでまとまった多様性のない組織であった当時のCIAには、ビンラディンがムハンマドをオマージュし戦略的に小汚い格好をしていることや、事前に傍受していたテロを暗示するような情報を見抜けるイスラムの歴史に明るい人材は皆無でした。
結果論にはなりますが、事前に得ていたテロを示唆する情報に気付ける多様性がなかったため、アルカイダのテロは成功することになります。

CIAのようにスーパーエリートが集まった集団ですら大失敗を起こしたのです。

イギリス人頭税

1989年に当時の政権が実行した人頭税、固定資産税に代わる税金で、所得額に関係なく18歳以上の住民が一律に払う税金です。
富裕層の税金負担が大幅に軽くなり、低所得者の税金が重くなるという最悪の税金と言われていました。当然、国民は反発し納税しない人が急増、結果として当時の首相は辞任に追い込まれます。

この税金を考えた議員たちは皆、由緒ある大金持ちの貴族の子息たちだったそうです。誰ひとり低所得者の生活や税金の状況を分かっていなかったのです。(環境問題で電気自動車を連呼している日本の政治家たちと大差はないですが。。。)

エベレスト登山隊

1996年に起きたエベレスト登山隊遭難事故です。日本人女性の難波康子さんも亡くなられた事故で映画や書籍にもなっています。

この事件の原因は、登山隊ガイド数名の間で支配型のヒエラルキーができたことだと言われています。支配型リーダーの元では後輩ガイドからリーダーへの進言が難しくなり、それが死亡者を多く出す遭難事故につながったと言われています。

不合理に「命より序列を優先してしまう」のが支配型組織の恐ろしさです。

80年代に多く発生していた航空機事故の多くも、支配型リーダーである機長に進言できる人間がいなかったことが原因となっています。
「副操縦士らは機長に意見するより、死ぬことを選んだ」と本書では表現されています。第三者が見ればおかしな表現かも知れませんが、こんなことが実際起きてしまうのが支配型組織です。

車輪付きスーツケース

昔あるカバン会社の会社員が、旅行かばんの重さを解決しようと、車輪付きのスーツケースを開発しました。
しかし、当時の会長の一声「そんなものが売れるわけがない」で販売はできませんでした。

今は車輪付きでないスーツケースを見ることはほぼありません。

この事例もヒエラルキーなのか、エコーチェンバー現象かがもたらした損失です。

多様性ある組織の成功例は?

ここでは、多様性があったことで成功した過去の事例を数件挙げてみます。

クロスワードパズルの達人

1942年、第二次世界大戦下のイギリスにその男はいました。
その男は会計事務所の事務員で毎朝の通勤電車でクロスワードパズルを解くのが日課でした。

毎朝のクロスワードパズルの難易度に物足りなさを感じたこの男はクロスワードパズルの大会に出ることにしました。
その大会で全問正解することはできなかったのですが、彼の推理能力に目をつけたイギリス軍のナチス暗号解読チームが彼をスカウトしました。

暗号解読チームは当初は数学者ばかりで結成されたチームでしたが、成果が出せずにいたため組織のリーダーが心理学者やその他の分野の人材を探しているところで、このクロスワードパズルの名人にも注目していたのです。

結果として、暗号解読チームはナチスやイタリアの暗号をどんどん解読していき、劣勢だったイギリスの立て直しに貢献するのでした。

ピクサー(アニメ映像会社)のトイレ

Appleのスティーブ・ジョブズがピクサーにいた時、オフィススタジオのトイレを一つにしました。
トイレを一つにすることで、その動線の中で別部署の社員同士の偶然の出会いを作ろうとしたのです。

その後、ピクサーは業績を飛躍的に伸ばしていくこととなります。

シリコンバレー企業

アメリカは当初ボストンのルート128周辺の企業区域にIT企業を誘致していました。
ボストンにある企業は真面目でスーツをしっかり着用、情報が漏れないように他社との交流もほとんどなかったようです。

それに対し、シリコンバレーではラフな格好で仕事をし、他社との交流のための溜まり場が多くあり、情報漏洩など気にせず色々な会社員たちが日々飲んだり交流を深めたりしていたそうです。
開放的で様々な価値観に触れることができたシリコンバレー企業がその後躍進していくことになります。

まとめ

多様性のない組織は思考が偏ってしまい大失敗に繋がる

という結論を元に「なぜ人は多様性のない組織を作ってしまうのか?」ということと、多様性のない組織の失敗事例について解説しました。

多様性のない組織は自然と作られやすく、リーダー次第で多様性は無くなってしまうとまさに根が深い問題と言えます。

組織の多様性を担保する方策

この根が深い問題を退け、多様性を担保するためには

・無意識のバイアスを取り除くこと
・尊敬型ヒエラルキーの構築

の2つが大切です。

・無意識のバイアスを取り除くこと

そもそも人間は自分と似た人と集まりたがる、採用したがります。自分はそうでないつもりでも、採用候補者が甲乙つけ難い場合に無意識のバイアスにより自分に似た人、人種、性別などを選好してしまう。それが積み重なると多様性のない組織が出来上がります。

会社全体としては無理でも、あなたが組織のリーダーをする場合には、自分とは違うタイプの人間を選んで側に置くことがあなたの組織を強くします。まずはそこから始めてみてはいかかでしょうか?

・尊敬型ヒエラルキーの構築

ヒエラルキーが全くないと責任の所在が曖昧になります。Googleも過去に一度ヒエラルキーを撤廃する実験に失敗しています。単純な業務に遂行するには、多様な意見は雑音であり支配型がうまくいく場合も多いです。ただ、イノベーションは支配型組織から生まれる可能性は極めて低いと言われます。

ヒエラルキーと多様性を両立し、イノベーションを起こせる組織にするためには「尊敬型ヒエラルキー」の構築が必要です。

とはいえ実際問題、企業としては尊敬型ヒエラルキーにシフトしていきたいが、昔ながらのパワハラ気味の上司がのさばっている、というのが現況であり元凶ですよね。
これは我慢できるなら、上司に期待せずに頑張るか、我慢できないなら転職するしかないと思います。残念ですが。

転職を考えたい方は下記の記事を参考にしてみてください。

最後に

最後に個人の感想を述べたいと思います。
私は本書を読み、組織に多様性は必要であると強く感じました。

歴史、特に幕末から日露戦争あたりまでの歴史が好きなのですが、まさに明治維新の日本の成長がここでいう多様性の結果ではないかと感じました。

幕末、優秀な人材はいくらでもいたのだが、鎖国により思想や思考の多様性が制限されていた。
開国後、さまざまな思想や思考に触れたその優秀な人材が大活躍し、短い期間で植民地になることなく列強に肩を並べることができた。

このことから、多様性のない組織より多様性のある組織の方が強く勢いがあると信じることができます。

アメリカ人と日本人に「魚が水中を泳いでいる映像」を見せた際、アメリカ人は魚の様子や動きに、日本人は魚ではなく背景に注目することが多いようです。
個人主義であるアメリカ人と組織や和を尊重する日本人の違いがその視点の偏りに表れるのです。これはどちらの視点が優れているということはなく、それぞれの視点を組み合わせることで、全体像がより正確に見えてきます。

個人としては、この「どちらの視点も大切」ということを忘れないように、日々の仕事や生活に活かしていければと思います。

「多様性の科学」、組織論を考える上で非常に参考になる書籍でした。
興味が湧いた方がいればぜひ読んでみてください。同じ著者の「失敗の科学」も紹介しておきます。

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